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名古屋家庭裁判所 昭和53年(少)3574号 決定 1978年9月19日

少年 M・T(昭三四・九・二六生)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、昭和五三年八月一三日午後九時二〇分ころ、愛知県知多郡○○町大字○○島字○○××番地○○神社境内入口付近において中学時代の同級生Aほか三名から同窓会開催に関して因縁をつけられ、その顔面を手拳で一〇数回殴打されたことに憤激し、やにわに所携の味切包丁一丁(刃体の長さ一一・八センチメートル)を取り出し、これを右手に持つて、右Aの右下腹部を突き刺し入院加療三五日を要した腹壁刺創、空腸挫創、後腹膜血腫、腹膜炎の傷害を負わせた。

(法令の適用)

刑法第二〇四条 傷害罪

(傷害と認定した理由)

昭和五三年八月二四日付検察官作成の送致書(犯罪事実については同年八月一五日付司法警察員作成の少年事件送致書記載の犯罪事実引用)によると、

少年は、昭和五三年八月一三日午後九時二〇分ごろ、愛知県知多郡○○町大字○島字○○××番地○○神社境内入口において、中学時代の同級生のAほか三名と同窓会開催のことで口論の果、殴打されたことに憤り俄かに右Aを殺害しようと決意し矢庭に所携の出刃包丁(刃体の長さ一二センチ)で同人の右下腹部を突き刺し、一ヶ月以上の入院加療を要する下腹部刺創の傷害を負わせたが、同人がその場に倒れたのに畏怖して逃走したためにその目的を遂げなかつたものである。

というのであつて殺人未遂として送致されたものであるが、本件記録を精査し、更に当裁判所の○○病院医師に対する照会に対する医師○○の回答書と診断書及び少年に対する審問の結果を総合すると少年の殺意はこれを認めることができない。

少年の検察官に対する弁解録取書によると「咄嗟のことではつきりと殺してやろうという気持があつたとまでいいきれませんが腹を狙つて突いてぎゆつと刺したもので、もしかしたら死ぬかもしれないということは判つていた」旨の供述記載があり、又検察官に対する昭和五三年八月二一日付供述調書によると「頭に血がのぼりだれでもいいから刺し殺してやろうと瞬間的に考え……私の前にいた相手の男の腹をめがけて右手を突き出し、相手の男の腹を刺したのです。刺したときは相手がだれだつたか判りませんが……」という旨の供述記載部分があり、司法警察員に対する供述調書中にも同様な趣旨の記載部分があるが、他面同年八月一五日の裁判官の勾留質問に対しては「当時Aを殺害しようと決意していたかどうか自分でもよく判らない」旨供述しており、捜査官に対するものとは異つている。この点につき少年は調査官の調査に対しても、又当審判廷においても「胸を刺せば死ぬかもしれないが腹なら大丈夫だろうと考え、腹を狙つたものであることを述べ、当初からその旨を供述したが警察官、検察官に入れられず、「腹を刺したら死ぬではないか、死んでもよいと思つたのではないか」とおこられたことから、上記の様な供述に誘導されていつたこと、(そのことは同年八月一四日付の司法警察員に対する供述調書によつても一応窺われる。)従つて少年は審判の時点においてもなお、腹なら怪我を負う程度ですむのではないかとの当時の確信にあまり大きなゆるぎを見せていないところがある。本件の動機を見ると、もともと少年とA、及び同所にいて少年を殴打したB、C、Dはいずれも同じ中学の同級生であつたもので、今回の喧嘩はお盆に中学同窓会を持とうとしたことから始まつており、相互に遺恨を抱く様な間柄ではないこと、上記の人々の中で少年に対し最も多く暴力を振つたのはBであるが、かつとなつていた少年はたまたま近くにいたAを何人であるかの認識もなく刺しているのであつて、或特定の個人に対する確定的又は未必の殺意まで生じる状態ではなかつたと認められる。本件に使用された包丁は刃体一一・八センチメートルの小さな包丁であり、少年はこの包丁を本件直前に喧嘩に備えて友人に依頼し、特に、「なるだけ小さな刃物を」と指定して依頼し購入しておることが認められるのであつて、使用した場合に危険度の少いものを選んでおり、本件使用時にも腹部なら大丈夫との認識のもとに腹部を目指したことが窺われ、更に刺創の程度を検討すると上記医師の回答書によると深度は小腸内腔に至るも刃物の先端がわずかに小腸壁(回腸末端部より二メートルの回腸)を貫通したる程度。同部分の刺入部位一ミリ径、刺出部位二ミリ径であること、手術は腸管切除を行わず、腸管損傷部位を縫合閉鎖したことが認められるのであつて、刺創ではあるが決して深くはなく、被害者の着用衣類がトレパン、アロハしやつであつたことから見てもこの程度の深度であることからすると上記弁解録取書の如くぎゆつと刺したという様なものではないことが認められる。又少年は刺した後直ちに包丁を抜こうとして居り、その気持の状態を審判廷において「刺して、そのままおくより安全という気がしたので、とつさに抜いた」旨供述している。以上証拠によつて認められる情況を考察すると少年がAに対し、確定的若しくは未必の殺意を有していたと認定することはできない。

よつて本件非行事実は殺人未遂ではなく、傷害と認定した次第である。

(保護処分に付する事由)

1  本件非行事実が殺人未遂でなく傷害であることは上記認定のとおりであるが刃物をもつて人の腹をつき刺す行為が危険な行為であることは少年の認識に拘わらず客観的には生命にもかかわることのある危険な行為であることに変りがなく、少年の主観によつても他人の身体に重傷を与える虞れのある行為であつて、理由の如何をとわずこの様な行為に出ることは許されないところであつて、その点少年は強く非難されなければならない。

本件の場合深度が浅く小腸切断に至らなかつたことと、事後の処置が早く適切に行われたことから大事に至らず、三五日間の入院加療で退院し、近日正常作業に復帰できることとなり、後遺症のおそれも少い(昭和五三年九月一六日付診断書)ところまで回復したが入院時は腹壁創部から約三〇センチメートルの小腸が脱出し、多量の出血があつたもので処置如何によつて生命の危険が存したものである。

2  本件非行の動機は非行事実に認定のとおりであるが、その背景として○○島内において、かねて○○○と△△△のものの間に若干の確執があり、少年らの属する○○○のものは本件被害者Aや、Bらの所属する△△△のものに比し、おとなしいところから日頃ともすれば軽んぜられがちで、当日も又その数日前にも少年ら○○○のものがAらに殴打されることがあつて、このままでは○○○のものが△△△のものにやられつぱなしになるという危機感が少年の心中に強く生じ、又当日は盆休みで全島あげて盆踊りのさなかで少年自身も夕方から午後七時ごろまでの間にコップで計四~五杯のビールを飲んでいて、気も大きくなつているところにAらから喧嘩を売られ一旦は断つたが、こうした中で刃物を買う気になつたこと、そして再度Aらから喧嘩をいどまれ、四人で殴りつけて来たことからたまりかねて本件非行に至つたもので、その動機には同情すべきものがあり又盆踊りという特殊な情況下での非行であることをも考えなければならないものがある。

3  少年は昭和五〇年三月○○島中学卒業以来同島の○○丸の機関士兼炊事係として同船に乗り漁業に従事して来たもので、過去に非行歴や問題となるような行動歴もなく、鑑別結果通知書によると資質的には知能指数九五で普通の能力を有するが物のとらえ方は直観的感情的で、冷静に事態を分析していくことは苦手で、知的統制力は弱いとされ、自己を中心とした狭い視野の中でしか物事を考えられない傾向があり、気分は概ね明るく活動的である。自己中心的、短絡的、欲求不満耐性は乏しく、直接的に欲求充足を計り易い、周囲を意識して調子に乗り易いとされている。

上記指摘は大体において正鵠を得ているといえるが、後半の性格特性の記述部分については少年が殺人未遂を犯したという事実を前提とし、これに着目したとみられ、非行の原因や動機づけ、非行の背景等についての客観的な資料を欠くために少年の性格特性がやや誇張された傾向が見受けられるのであつてその性格的偏りの程度は同書記載より軽いと考えられる。

しかし、少年が限定された島の生活の中で成長し社会に出ても殆んどを海上の船の中で送ることの多い局限された環境の中にあるために、その年齢に比較して幾分常識に欠けたり社会性に未熟な面があり、危機場面で意識狭少に陥り易い状態であることは看過し得ない事実であり、こうした面での教育の必要性は高いといわなければならない。

4  少年の両親は健在で漁業を営み共に穏和で、家庭的にも対外的にも問題なく、島民の信望もある。本件非行に際しては直ちに被害者方に謝罪、看護に赴き、入院費用等三六万円余を支払い、慰藉料等一五〇万円を被害者に支払つて示談が成立し、被害者及びその親の宥恕を得ている。島民の感情は少年に同情的で、特に○○○のものは少年を英雄視するような傾向も現われている。かねて島内においては通常の暴力傷害事件は島の有力者の仲裁によつて内々に処理して来たことが多く、交通事件なども取上げられない規範意識の低さがあり、こうした中で少年の本件非行は地元の人々にとつて衝動的なものであつたと考えられ、その結果の影響するところは大きい。

5  以上各諸点を考慮すると、本件非行が人の身体生命に対する重大な危害であるという事案の重さと、その動機等につき少年に同情すべき点はあるが、少年の社会性の未熟さ、意識の狭さも非行の原因であることを考えるとこの面で暫時教育を施すことが少年の将来のために必要である。

その他諸般の事情を考慮すると中等少年院に送致するのが相当であり、期間については反社会性の程度に鑑み短期(四月程度)を適当と認め、この旨処遇につき勧告する。

よつて少年法第二四条、第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項後段第三八条第二項、少年院法第二条第三項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 土井博子)

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